対談

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対談 2009/2/25

イヴ・チュリエス×辻口博啓「世界パティスリー、そしてスイーツの“バイブル”」

イヴ・チュリエス×辻口博啓「世界パティスリー、そしてスイーツの“バイブル”」

辻口シェフに影響を与えたスイーツバイブル

辻口:僕をはじめ、世界中のパティシエが、チュリエスさんの本や「チュリエスマガジン」を見て感動し、多くの影響を受けたと思います。チュリエスさんは、フランスで最初に出版部門を持った料理・菓子職人ですが、本を作ろうと思われたきっかけはなんですか?

チュリエス:私が最初の本を出版したのは、1977年。今から30年以上前のことです。きっかけは、「フランスの料理やパティスリーをレシピ付きで幅広く紹介したい」、またそれらを、「フランスだけでなく、世界中の人々に知ってもらいたい」という思いからでした。かねてより、何かの形でまとめたいと思っていたのですが、それにまつわる研究や執筆活動も私がやりたかったことでした。

辻口:パティシエ、料理人のバイブル『料理百科全書(Encylopédie Culinaire)』は、とても片手では持てない大判の立派な本ですが、最新刊の「トリロジー」を含め、現在12巻が出ていますよね。200号以上続いているガストロノミー雑誌「チュリエスマガジン」とともに、これだけ高い評価を受けつつ、支持され続けるわけをご自身ではどうお考えになりますか?

チュリエス:そうですね。当時もイラスト入りの料理本はありましたが、私の本では、まず写真を徹底的に充実させました。そういったレシピ本がはじめてだったこと、本格的なプロ向けの本としても最初だったこと、さらに、私自身がM.O.F.の称号をもらったことなど、さまざまな要因が重なって評価され、現在まで続いているのだと思います。

辻口:僕自身、パティシエとしてスタートした頃、チュリエスさんの本から多くのことを学び、影響を受けました。チュリエスさんにあこがれ、あの本をバイブルとして育った人は少なくないと思います。

チュリエス:創刊当時より、「若いパティシエや料理人の励みになれば」という思いを持って製作している本なので、こうやって、実際に私の本に感化され、現在プロとしてやっていらっしゃる方に会うと嬉しいですね。

辻口:白状すると、最初にチュリエスさんの本を見た時の感想は、「こんな素晴らしい書物を後世に残されるなんて、この方はすごくえらい学者さんだったのかな?」……、つまり歴史上の偉人だと思い込んでいたんです。チュリエスさんは僕にとってはでは本の中の人物で、すでにお亡くなりになった方かと(笑)。ですから、実際お会いしたときは言葉に表せないぐらいに感動しましたし、お若いのでびっくりしました。

チュリエス:そうですか(笑)。これからは、辻口さんのような人が、長い伝統の中で知恵の輪のようにつながって来たものをほぐしつつ、新しいものを作っていく、そういう時代になっていくのではないかと思います。

美しさとおいしさを備えた究極の手仕事

辻口:チュリエスさんがパティシエになろうとしたきっかけはなんですか?

チュリエス:まず、父親がパン屋だったことですね。ただ、父の背中を見て、単純に同じような道を目指そうと思ったわけではありません。ちょっと思い出話をすると、私が生まれたのは南仏・タルヌ県の小さな町でした。幼い頃は、毎週水曜日に立つ朝市に母と出かけ、その帰りには2人でパティスリーに立ち寄るのが常でした。母のお気に入りはフルーツ入りのブリオッシュ。ときにはミルフィーユを買って帰ることもありました。
ある水曜日、母が買ってきたフルーツ入りのブリオッシュを見て、父も同じものを作ろうとしました。が、彼はブーランジェではあっても、パティシエではなかったため、結果は今ひとつ。何度試しても、やはりパティスリーのものとはちょっと違う。ミルフィーユもまたしかり。そんな父の姿を見て、自分が大人になったら、父ができなかったことを自分がやれるようになって驚かせてあげたい、もし自分がフルーツ入りのブリオッシュやミルフィーユを上手く作ったら、喜んでくれるんじゃないかな?と強く思ったんです。私がパティシエという職業を意識し始めたのはその頃からですね。

辻口:僕も和菓子屋の息子に生まれ、小学校3年生の時に洋菓子職人を意識したんですが、チュリエスさんは、 すでに14歳の時には修行されていたんですよね。現在では、3つ星、4つ星ホテルのオーナーであるとともに、ショコラトリーも数多く展開されていますが、昨年もまた何軒かオープンされたと聞いています。

チュリエス:08年に新たに12店舗をオープンし、現在フランス全土で48店舗のショコラトリーがあります。

辻口:フランスだけで48店舗ですか!? さらに日本にも店舗がありますよね?

チュリエス:海外ではイギリス、日本、ハワイ、最近ではカナダにもオープンしました。

辻口:チュリエスさんのホテルには、フランスのミッテラン元大統領やシラク前大統領、サッチャー元英首相など、各界の著名人が逗留されたそうですね。

チュリエス:8年ほど前になりますが、日本の天皇、皇后陛下にもお越しいただき、そのときの歓迎晩餐会では、光栄にも私が料理を担当させていただきました。私が住むコルドは、正式名称を「コルド・シュル・シエル(空の上のコルド)」という、13世紀頃にできた南仏の城塞都市です。今も町のあちこちに中世の面影が残っており、この心癒される静かな環境が私の執筆活動や創作、インスピレーションの源になっています。

辻口:すばらしいですね。僕の故郷は石川県の七尾市なんですが、やはりこの土地からさまざまなインスピレーションを受け、創作に生かしてきました。スイーツを通して、我々はいろいろなことを表現、発信していますが、チュリエスさんにとって、ご自身のスイーツで表現したいこと、伝えたいことは何ですか?

チュリエス:まずは手工芸のすばらしさですね。我々の仕事はすべて手作業です。我々の仕事で最大にして最強の道具は「手」。自分の手と指を、いかにして100%使いこなすか。これが鍵を握る職業だと思います。もちろん、手を動かすには頭も必要です。手と頭に加え、仕上がりの美しさと味覚も大切。見た目と味、双方のセンスに訴え、それらがバランスよく両立しているものを作り上げていく。その難しさと楽しさを感じていただけたらと思います。

イヴ・チュリエス編・著 『料理百科全書(Encylopédie Culinaire)』

20年以上の歳月にわたって不定期刊行されている、チュリエス氏のライフ・ワークともいえる大ボリュームの料理書籍。
現在最新号となる12巻のテーマは、自身のレストランの名前と同じ「トリロジー(三部作)」。氏曰く、小さなポーションの料理3種類を同じプレートに盛り付けて提供するトリロジー・スタイルは、「10年後、フレンチの主流になるだろう」。
公式サイト(仏語)
http://www.encyclopedie-culinaire-thuries.fr

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